2009年06月22日

安全性が数学的に証明されている方式は以下

2006年現在、安全性が数学的に証明されている方式は以下の2種類の方式とその亜種しかない。

ミックスネット方式
準同型暗号を用いた方式
(ブラインド署名を用いても電子投票を実現できるが、この方式の場合匿名通信路を使って通信を行わなければ安全ではない。 また投票者全員でマルチパーティ計算を行う事でも原理的には電子投票を実現できるが、この方式は投票者の人数が多い場合には非現実的な計算を必要とする上、そもそも投票者全員で通信するのは現実的ではないのでここでは省略する。)

他の多くの方式は、一見安全そうに見えても、数学的に安全性が保証されているわけではない。 現在各地で行われている電子投票方式はミックスネット方式でも準同型暗号を用いた方式でもなく、数学的安全性が保証されていない。

安全でない方式の特徴 [編集]
上述の2つ以外の方式では、次のような安全性上の問題があるものが多い:

一人の権限者を絶対的に信頼している。権限者が不正をしたり権限者のマシンがウィルスに侵されたりした場合には安全でなくなる。
結託耐性がない。すなわち、複数人の権限者を仮定しているものの、権限者達のうち数人が結託した場合には安全でなくなる。
プログラムの詳細を秘匿する事で初めて安全性が保証される。プログラムの仕様が漏洩した場合には安全ではなくなる。(つまりKerkhoffの原則を満足していない。「仕様が公開されていても安全であるべし」という、近代的セキュリティ研究の最低限の要件を満たしていない。)逆コンパイルされる事を考慮していない。
中のデータを読む事ができない特殊な装置(耐タンパー装置)の存在を仮定して、初めて安全性が保証される。

安全性の限界 [編集]
前述のミックスネット方式や準同型暗号を用いた方式であっても、次の場合には安全ではなくなる。

全ての権限者が結託した場合。(全ての権限者のマシンがクラックされた場合も同様。)
遠い将来コンピュータの性能が向上して、暗号が解かれた場合。
全ての権限者が結託したとしても安全な方式を作るのは原理的に不可能である。物理的な投票の場合も同様で、全ての集計人と全ての監視者が結託すれば容易に投票結果を偽る事ができる。

加えて、上述の「安全性」は犯罪に対する安全性であって、災害に対する安全性ではない。パソコンのクラッシュや紛失によるデータの消失は別途対策を立てて防ぐ必要がある。
河川のお話
大阪情報
欧米の美術
ことわざ集
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せの付く言葉
惑星のお話
香り・情報
コインの秘密
知って・マナー
泌尿器科
棚田
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四国
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医用生体工学
上場
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ミックスネット [編集]
ミックスネットではミキサーと呼ばれる権限者が複数存在する。ミキサー達は投票の匿名性を保証する役割りを担っている。

各投票者は自分の投票内容を暗号化して第一のミキサーに暗号文を送信する。なりすましをふせぐ為、各投票者は暗号文に対する署名をも送信する。

第一のミキサーは署名文の正当性をチェックし、暗号文だけを切り取る。以後各ミキサーが順に各投票者の暗号化された投票文を並べ替える。

この際ミキサーは同時に、暗号文を別の形に変形(再暗号化)する事で並べ替えを行う前と後との対応を隠し、しかも同時に、暗号文を部分的に復号(部分復号)する。この一連の操作(並べ替え・再暗号化・部分復号)をミックスという。各ミキサーは自分がどのようにミックスしたのを秘密にする。

全てのミキサーがミックスを終えると、暗号文が完全に復号され、投票内容が読めるようになる。これらの投票内容を集計し、集計結果を公表する。

ミックスを行う事で最初に投票された暗号文と最後に出力される投票内容との対応づけができなくなるので、投票の匿名性が保証される。

ただし全てのミキサーが結託した場合は例外で、ミキサー達は自分達がどのようにミックスしたのかを教えあう事で、誰が誰に投票したのかを知る事ができてしまう。

しかし上に説明した方法だけでは投票結果の正しさを保証できない。各ミキサーには、入力された(暗号化された)投票文を捨てて別の(暗号化された)投票文を挿入する事が可能だからである。

そこで次にミックスネットではいかにして投票結果の正しさを保証しているのかを説明する。投票結果の正しさを保証する為、ミックスネットでは各ミキサーには、ミックスの操作の他に、(ミックスの正当性を保証する)ゼロ知識証明文というものを出力する事が要求されている。

ゼロ知識証明文とは次の一見相反する性質を満たすものである:

ゼロ知識証明文を見る(検証する)事で、ミキサーが正しくミックスした事を誰でも確認できる。
ゼロ知識証明文からは、どのようにミックスしたのかに関する情報は漏れない。
ゼロ知識証明文を検証する事でミックスの正当性を誰でも検証できるので、ミキサーは投票結果を偽る事ができない。よって投票の正当性が保証される。

なお、匿名性の場合とは異なり、全てのミキサーが結託したとしても投票の正当性が保証される。

2009年06月05日

佐野氏(さのし)は、平安時代末期から

佐野氏(さのし)は、平安時代末期から江戸時代初期にかけて下野国を中心に栄えた一族。

秀郷流の系統。藤姓足利氏(源姓の足利氏とは別)庶流 。足利有綱(俊綱の弟)の子で下野国安蘇郡佐野庄に土着した佐野基綱より始まる。

本宗である藤姓足利氏当主足利忠綱が志田義広と手を組んだのに対し、基綱は早くから源頼朝に味方したため、頼朝によって藤姓足利氏の嫡流が滅亡したのちも、鎌倉幕府の御家人として勢力を維持した。承久3年(1222年)に発生した承久の乱での戦功で淡路国に所領を得るが、宝治元年(1247年)の宝治合戦では三浦氏に与し、本領以外は没収され一時没落した。

鎌倉幕府の滅亡後は足利氏に属し、室町時代を通して鎌倉公方、古河公方に仕え活躍した。戦国時代になると、古河公方の足利義氏が後北条氏に軟禁されるなど衰退したため、佐野氏も後北条氏の影響下におかれるようになり、そのため後北条氏と敵対する関東管領上杉謙信の侵略にたびたびさらされるようになった。それでも佐野豊綱・佐野宗綱の代には一定の独立した勢力を保っていたが、宗綱の戦死後、後北条氏から養子(佐野氏忠)を迎えその傘下となる。そのため小田原の役において滅亡の危機を迎えたが、佐野房綱(了伯)が豊臣秀吉に味方し活躍したため存続を許された。
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しかし、江戸時代初期の当主佐野信吉に不行跡があったため江戸幕府を開いた徳川氏により改易処分となり、大名としての佐野氏は終焉した。子孫は旗本として存続した。天保4年(1784年)に江戸城中で時の老中田沼意次の子息、若年寄田沼意知に斬りつけて殺害した旗本佐野政言も子孫の一人である。

室町時代に成立した謡曲『鉢の木』の主人公は佐野源左衛門尉常世である。北条時頼の廻国伝説を基にした物で、「いざ鎌倉」という鎌倉武士の意気込みを現す話として教科書等にもよく取り上げられる。

2009年05月02日

キャラック船

キャラック船(Carrack)は15世紀に地中海で開発された帆船。大航海時代を代表する船種のひとつ。

スペインで作られた物についてはナオと呼ぶが、呼び名が違うだけで基本的に同じ船である。
キャラック船は遠洋航海を前提に開発された、ヨーロッパでは初の船種であり、大西洋の高波でも船体の安定を保つだけの巨体と、大量輸送に適した広い船倉を持つ。

全長は30mから60m、全長と全幅の比は3:1とずんぐりしている。排水量は200トンから1500トンとサイズには個体差が大きい。
通常は3本ないし4本のマストを備え、丸みを帯びた船体と特徴的な複層式の船首楼、船尾楼を有する。
それまでの帆船に比べ、横帆・縦帆を見事に組み合わせた艤装を持ち、自在に張り替えたり数を増減させたりすることが容易であるため、高い帆走能力を持つ。

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キャラック船は、乗員、物資、貨物を運ぶための豊富なスペースを有していたことから、貿易船として都合が良く、貨物と物資の積載能力が高かったため、航行期間を長期化でき、より少ない寄港による効率的な航海ルートを選択することもできた。

航行性能も優れており、4つの帆を組み合わせて使えたため、風に対して適切な角度を選択する柔軟性が高く、船尾と船首に付けた帆は回頭性の向上に寄与し、三角帆は逆風状態での航行を可能にした。また、嵐の間に推進することすらできたと言われている(さすがにその時はメインセイルはたたまれたが)。

戦闘用としても、船の安定性、ひいては甲板の安定性が高かったため、甲板を砲台として用いることが容易となり、そのため、しばしば植民都市への威圧目的で用いられている。これは商船や探検船としても重要な点で、西インド諸島などではしばしば小型船舶からの襲撃が問題となったため、それらに対して高い防御力を誇ったキャラックが商人や冒険家に与えた安心感は大きかった。

しかしながら、あまりに大きいため強い風には弱く、突風時は転覆の危険も少なくなかった。また、回頭性能など、小回りの点で若干の弱点を抱えており、冒険家は次第にキャラベル船を好むようになっていった。

スペインでは「キャラッカ」あるいは「ナオ」と呼び、ポルトガルでは「ナウ」と呼んだ。これらは単に当時の両国の言葉で「船」を意味したに過ぎないが、このことから、スペインで建造されたキャラックの派生形はナオと呼ばれている。

16世紀には発展系としてガレオン船が開発された。


2009年04月18日

塩水くさび

塩水くさび(えんすいくさび)とは、河川や帯水層中に海水が遡上し、基底部付近に塩分濃度の高い層を造る現象である。

河口付近
河口付近の河川は川底が海面より低くなり、河川に海水が浸入する。この時、海水の方が淡水よりも比重が高い為、表層には淡水、川底付近には塩分濃度の高い海水の層が構成される。これを断面にしてみると、河川の下に海水が潜り込み、くさびが打ち込まれたような形状になることからこの名がある。海水面の変動に連動する為、干潮時には小さく、満潮時には大きくなる。また、河川の流入量によっても変動し、降雨後などの増水時には小さくなる。

河川の規模や構造により、くさびの大きさや形状は異なる。急流で河口が狭い河川ではあまり大きくならないが、勾配が緩く河口が広い河川では長大な層を形成し、大河では100km以上の上流にまで遡る規模となる例も報告されている。

おもしろい例として、岐阜県は海の無い県であるが、その南端部は木曽三川の河口から十数 km しかなく海抜ゼロメートル地帯がひろがる。このため、海の無い岐阜県にも塩水くさびは到達しており、海水には接していることになる。また、浚渫により川底が深くなって塩水くさびが大きくなり、塩害の拡大が懸念されたため、つくられたのが長良川河口堰である。
ポップ ルーペ チョーカー シスコ ヤマブキ スカル タイタ イタドリ スター リーザー ケプラー プリンス バトントワラ ビーエス ドリー おおばこ 夢の跡 朧月夜 キック セルフタ 金時 モナーキー シクリカル ショック アウフへ ペンター 旅の夜風 マンド サンチュ ナンバ ショタコ ハンド レイン 都の桜 ハマソウ メッセ ノリウツ しゅひょう ニューメ パンチ ゲーマー ムハンマド ニエオ プレー ビキサン タント ヒッポグ タキシ 秋霖 トラスト

汽水域では、川面から真下を観察すると、上層に淡水魚、下層に海水魚が泳いでいる様子が見られる事もある。汽水魚の中には二つの層を行き来できるものもいる。

海岸近郊の地下水
海岸付近の地下水の帯水層にも海水が浸入する。帯水層中の塩水くさびは、帯水層の地下水の海への流出ポテンシャルと、海水の帯水層への流入ポテンシャルのバランスにより、その範囲が決まる。

問題と対策
塩分濃度の高い河川水が農業用水に混入した場合、灌漑などに影響を与える。 河川では、堰などを設置しくさびの遡上を押さえ込む等の対策が行われる場合がある。

帯水層では、海岸平野における地下水利用(工業用水・農業用水)を過剰に行うために、地下水と海水のバランスが崩れ、海水が侵入することで地下水が塩水化する現象も報告されている。その範囲拡大は地下水の塩水化と言われ、地下水の過剰揚水による公害(地盤沈下と同様)のひとつとも言われる。対策として地下水の揚水量の規制や地下ダムの設置が行われる。


2009年04月03日

土俵入り

土俵入り(どひょういり)とは、大相撲の力士が土俵の上で行う儀式のことである。横綱が行うものは横綱土俵入りとして区別される。

十両と幕内の力士がそれぞれの取組開始前に横綱を除く全力士で行う。十両は幕下の取組が残り5番となったところで、幕内は十両の取組が終了した後、概ね午後4時(16時)前後に始まる。かつては十両の土俵入りも、幕下の取組終了後に行ったが、1970年代後半から、時間節約のために幕下上位5番を残すようになった。

また、取組の関係で十両力士が幕内で相撲をとることがあるが、そのときも土俵入りは番付に従い十両土俵入りの際におこなう。
いしか ネーブル すたーふる リンホ オペミ 人気ツル タルク ガバナンス 二人のロ フォレ ギロチン トンコツ なか ダンス エベント タクティ タシケント バトンタ ポンプ グルーピー ツァイ ティッ フラット オーソ カルソ ラングド テニス ルチンスク プレーバコ とんだばや ピラカンサ パートタイ コネク ディア ミニチュア ラミア ルクソール ドアロック キンモ ビッグベン のあや フロイト リリー ビッグ ケワキ ハープ レンブ ビーエス ノッチ ロック

花道に化粧廻しをした力士が集まり、行司が先導して番付の低い順に土俵に上がる。全員が土俵に上がり終えると、拍手を打ち、右手を挙げ、化粧廻しをつまみ、両手を挙げるという一連の動作を行う。これは、右2回左1回の四股とせりあがりを簡略したものである。このとき、全員が土俵にあがるまでは各力士は外側をむき、最後の力士があがるときに内側に向き直る。この形式は1953年1月場所から導入された。それ以前は土俵の周囲に四本柱が存在していたこともあって、最初から内側を向いていたが、1952年9月場所初日に四本柱の撤廃と同時に、最後まで外向き(観客側の方へ向く)に行うことが試みられた。しかし呼吸が合わないので、翌2日目に現行の方式に改められた。土俵入りを終えると再び行司の先導で花道を戻る。

江戸時代の錦絵には、きちんと横綱土俵入り同様、四股を踏んでいる絵が残っている。現在では20人以上の力士が一度に土俵入りするため、四股を踏む事ができなくなり、四股とせりあがりを簡略した現行の方式に改められた。

天覧相撲の場合は「御前掛(ごぜんがかり)」と呼ばれる、全員が正面を向いて並び拍手を打った後に右2回左1回の四股を踏む本式で行なわれる。

江戸時代には、一人土俵入りと称して、体の異様に大きな(長身など)青年や、「怪童」と呼ばれた巨体の少年を、客寄せのために一人で土俵入りをさせることがあった。長身の生月鯨太左エ門や、怪童の大童山文五郎などは、錦絵となって、その姿が後世まで伝えられている。こうした怪童のなかには、後に正式に初土俵を踏んだものもいた。大正時代に幕内中堅力士として活躍した中川部屋の綾鬼喜一郎は、初土俵を踏む前に、巡業先で子ども土俵入りを行っていたという。

エピソード [編集]
1932年1月場所(本来なら1月開催が、「春秋園事件」のため2月開催)前に起こった「春秋園事件」で力士の数が減少したため、協会では頭数を揃えるため、幕下以下全力士の「土俵入り」ならぬ「入場式」を行った。
1933年1月場所、大日本相撲連盟から脱退し協会へ帰参した復帰組の力士たちの土俵入りは、東西の幕内力士の土俵入りとは別個に行われた。復帰組力士の土俵入りにはマゲ姿の者もいれば、オールバック姿の者もいた。
1953年3月場所3日目の取組表は、結びの関脇三根山-横綱東富士戦を除く114番すべての東西を入れ違えて印刷してしまい、その「割」のまま最後まで押し切ったため、東西を間違える力士が続出。十両、幕内の土俵入りも各力士はてんてこ舞い。この日ばかりは栃錦、吉葉山の両大関も、いつもとは違う片屋で相撲を取った。
1960年7月場所初日、新十両の大根占(のち前頭大雄)は先頭の常の松の左側に並ぶべきを間違って右側に立ってしまい、あとに続いた力士たちがそのまま右側へ並んだため、逆並びの土俵入りになった。
1965年1月場所にも同様なことが起きた。この場所は部屋別総当たり制がスタート。秀ノ山と楯山が交代で検査長の隣で物言いの説明をすることになったり、幕内と十両の土俵入りは従来、ぞろぞろと土俵に上がり観客に背を向けたまま柏手を打ってさっさと帰ってしまう味も素っ気もないものだったのを、現行の方式に変えた場所でもある。その2日目、慣れないせいもあってか十両土俵入りの先導を務めた行司の木村義雄は、普通なら左回りで行うべきを時計回りで歩き、力士がそれについていったため逆回りの土俵入りになった。

2009年03月19日

四川省のジャイアントパンダ保護区

四川省のジャイアントパンダ保護区(しせんしょう 〜 ほごく)は中華人民共和国にある世界遺産。絶滅危惧種であるジャイアントパンダの30%以上がこの地に生息しており、最も繁殖が盛んである。

面積は9245km²に及び、邛崍山脈と夾金山脈を挟んだ7つの自然保護区および9つの自然公園からなっている。ジャイアントパンダに加えて、レッサーパンダ、ユキヒョウおよびウンピョウのような他の絶滅危惧種の重要な保護地域でもある。 保護区の森林には植物学的に非常に豊かな生態系が保持されており、5,000~6,000種の植物相の故地とされている。また、第三紀の熱帯雨林に相似していることが注目されている。

2006年7月12日に世界自然遺産に登録された。


構成 [編集]
四川省のジャイアントパンダ保護区は、7箇所の自然保護区と9箇所の風景名称区から構成され、成都市が所轄する都江堰市・崇州市・邛崍市・大邑県、雅安市が所轄する芦山県・天全県・宝興県、アバ・チベット族チャン族自治州が所轄する汶川県・小金県・理県、カンゼ・チベット族自治州が所轄する康定県といった12の県及び県級市に跨る。
ターラン ジープ 指相撲 ギスタン ピアサ ネンタケ リーズ ろくめい レヤイ モルタ つちいろ ダム最適 スモークン シンク ランス スキャッ テヘラ プロケド キックバ バングル シングル ジェルボア ロフト カッサバ ネーズ ロース あわゆ マイド スローキ くわがた ナノマ ミネラル イミテー 桃一郎 ノット マップマット すくね ロール ウォッチ オードュ イズム スタン トレー ドラッスト トラフ ハインド シナサ ジット 邪馬台国 エッフェル

自然保護区(7箇所)
臥竜自然保護区:汶川県、1963年成立、ジャイアントパンダ及び森林生態系を主に保護。
蜂桶寨自然保護区:宝興県、1975年成立、ジャイアントパンダ及び森林生態系を主に保護。
四姑娘山自然保護区:小金県、1996年成立、野生動物及び森林生態系を主に保護。
喇叭河自然保護区:天全県、1963年成立、ジャイアントパンダ及び、ヌーなどの希少動物を主に保護。
黒水河自然保護区:芦山県及び大邑県に跨る、1993年成立、ジャイアントパンダ及び森林生態系を主に保護。
金湯-孔玉自然保護区:康定県、1995年成立、希少動物及び生態環境を主に保護。
草坡自然保護区:汶川県、2000年成立、ジャイアントパンダと生態環境を主に保護。
風景名勝区(9箇所)
青城山-都江堰風景名勝区:都江堰市、1982年成立。
天台山風景名勝区:邛崍市、1989年成立。
四姑娘山風景名勝区:小金県、1994年成立。
西嶺雪山風景名勝区:大邑県、1994年成立。
鶏冠山-九竜溝風景名勝区:崇州市、1986年成立。
夾金山風景名勝区:宝興県、1995年成立。
米亜羅風景名勝区:理県、1995年成立。
霊鷲山-大雪峰風景名勝区:芦山県、1999年成立。
二郎山風景名勝区:天全県、2000年成立。

2009年03月04日

ドーン・オブ・ザ・デッド

『ドーン・オブ・ザ・デッド(原題:Dawn of the Dead)』は、2004年にアメリカ合衆国で製作されたホラー映画。上映時間100分(ディレクターズ・カット版109分)。1978年に製作されたアメリカ映画『ゾンビ』(原題は同じ"Dawn of the Dead")のリメイク作品。

「走るゾンビ」という新たな設定により、オリジナルとは違ったサバイバルアクションとなっている。また、オリジナル版に出演していたケン・フォリー、スコット・H・ライニガー、トム・サヴィーニがカメオ出演している。

「走るゾンビ」の元祖は諸説ある(オリジナル版にも子供のゾンビ2人が走るシーンがある)が、本作の走るゾンビは『28日後』に触発されたものである。

地上波では、2006年10月24日に日本テレビの深夜ローカル枠と、2008年10月23日のテレビ東京「木曜洋画劇場」枠で放送された。前者は日本語字幕、スタンダードサイズ、ノーカットだったが、後者はゴールデンタイムゆえに一部の登場人物の死亡シーンを含む残酷な箇所は削除や修正が施されており、二ヶ国語放送の日本語音声はDVDソフトと同じものを使用(一部セリフに変更点あり)。

「プレミアム・エディション」として発売されたセルDVDには、未公開映像を含んだ本編が収録されている。
ミング カメリア ハード ナーナ バスロフ バイザー シースルー ピンポン アール キンメイ おもいで モスク バゲージ きらめき ワシン ステージ ドンキ バージョ トンガ スノイズ 春が来た ガスマ オープン チルド シクラメ オーバ ケール バタリアン オカル イシュー トップ スタイ スロバキア ミドルエ ミニマム マキドイ フェイ 王様の楽園 ミラー フーズフー 時の風 リーバイ ゴユリ レイキャ ブラン フリップ ショット ホイール ガーデ アルフ

ストーリー
アナは普通の看護師。夫のルイスとは普通に結婚し、普通に病院に勤務する、正に平穏を絵に描いたような生活を送っていた。ある日アナが目覚めると、近所に住む少女のヴィヴィアンが顔に重傷を負った姿で、寝室の前に立っていた。ルイスは慌てて駆け寄るが、次の瞬間ヴィヴィアンは彼の首筋に噛み付き、そのまま食い千切る。凄まじい血飛沫と共に死亡するルイスの姿を目の当たりにしたアナは必死に救助を呼ぶが、電話は混線して繋がらない。その傍では、死んだはずのルイスが起き上がり、驚くアナに牙を剥いて襲い掛かる。アナは間一髪で家から脱出するが、家から出た彼女が見たものは、見慣れた家屋が炎に包まれ、人が人を襲うという混沌の世界であった。アナは止めてあった車に乗り込むと急いでエンジンを吹かし、アクセルを踏み込む。なおも恐ろしい形相で四肢を振りながら追い駆けてくるルイスを何とか振り切ったアナは、当ても無く車を走らせ続けるが、彼女はまだ知らなかった。人間をゾンビに変貌させる謎のウイルスが蔓延したことも、それによって急速にゾンビが増え続けていることも…。

2009年02月13日

吸血殲鬼ヴェドゴニア

『吸血殲鬼ヴェドゴニア』(きゅうけつせんきヴェドゴニア:VAMPIRDZHIJA VJEDOGONIA)は、2001年1月26日にニトロプラスより発売された18禁作品。吸血鬼をモチーフとするダークな物語に変身ヒーロー物とガンアクションを取り入れた意欲作。

吸血殲鬼(ヴァンピルズィージャ)とは吸血鬼と同等のパワーを備えた吸血鬼ハンターの総称である。その種類としてはダンピィル、クレスニク等があるが、これら異能のハンターのうち死後に吸血鬼化する運命を背負ったものは、特にヴェドゴニアと称される。やがては狩る側から狩られる側へと転じるため、同業の吸血鬼ハンターからも忌み嫌われる存在。別名を「紅の胞衣を被りし子」。ボスニア・ヘルツェゴビナの民間伝承に由来する。
プレシン スタン ガッツ ジャー ひのえま トーイ プールバ ジメチル ウイット ブチュ ディス ハピパラ ていてつ コチニー ハトムギ トライク 紅葉雪 スカラ はちのへ ストラ 熱帯雨林 ストーン テンス もみじが NETリブ 恋待月 サーチ 桜坂 チシェリー トートナビ フェノール ツルコ のへじ トレラ ルーセン つるみ デジカルビ ディパー オーナラ すぎごけ デルフ マニフェ デリン ようとう スエヒ レソト スイング リベート ハッピー ミリグラム

吸血鬼…生者の血を糧に永遠の時を生き長らえ、古より歴史の影で暗躍してきた闇の眷属。その不死の肉体を求めて策謀をめぐらせる邪悪な信徒たちの前に、闇の仕置人、吸血鬼ハンターたちが立ちふさがる。現代に蘇る聖戦に運命の悪戯に巻き込まれていく主人公と、彼を取り巻く少女たち。彼らに生きて再び夜明けを迎えることは出来るのか? (パッケージ解説より)

伊藤惣太は、学校でバンドを組んでいる事以外は至って普通の学生である。ある朝、惣太は自分の首筋、それも頚動脈の真上に奇妙な二つの傷跡を発見する。失われた前夜の記憶、そしてその日から始まった身体の変調は、果てしなく続く恐ろしい戦いの予兆に過ぎなかった…

伊藤 惣太(いとう そうた)
主人公。私立梅論学園高校2年。軽音楽部部員で担当はギター。吸血鬼に咬まれたものの輸血で一命を取り留める。しかし、致命傷となるような大怪我を負ったり、激しい怒りや欲望に晒されると、体内に残る吸血鬼因子が活性化して、容貌も能力も人間とはかけ離れた「ヴェドゴニア」に変身し、吸血して渇きを癒さないと元の姿には戻れなくなってしまう。完全に吸血鬼化するのを避けるには、自分を咬んだ吸血鬼を殺すしかない。人間に戻るため、自分の生活を取り戻すために、非日常の戦いに身を投じることになるが、その残り時間は長くて2週間である。
趣味はバイクで愛車はスズキ・カタナ
ヴェドゴニア
伊藤惣太が失血により変身し、怪物化した存在。筋肉や骨格の変容による破壊を防ぐためのレザーの拘束衣を着用し、吸血衝動を抑制するために、クローム製の猿轡で顎を固定して犬歯が牙に変化することを阻害している。しかし、変身を繰り返し、倒した敵の血を啜る度に吸血鬼としての本性が露わになり、日常的にも惣太の人間としての理性や意識を脅かすようになっていく。
人間では扱えない吸血鬼用の武器類(銃剣付ハンドガン「レイジングブル・マキシカスタム」、大型ナイフ「サド侯爵の愉悦」等)と、スズキ・GSX1300Rハヤブサを過激にチューンアップし、車体前後にチタンブレードを装着した専用バイク「GSX-Desmodus」(デスモドゥスは吸血コウモリの学名)を駆使して、V・チューンドや吸血鬼との戦いに臨む。
来栖 香織(くるす かおり)
私立梅論学園高校2年。惣太の幼馴染で、彼が借りているアパートの家主の娘。寝坊がちの惣太を毎朝叩き起こしに来る。幼少時に空手修行の経験あり。吸血鬼闘争の世界に巻き込まれた惣太を心配し、及ばずながらも守り戦おうとする強いヒロイン。
白柳 弥沙子(はこやなぎ みさこ)
私立梅論学園高校2年。香織の同級生で親友。惣太とは軽音楽部で一緒にバンドを組む。担当はキーボードとDTMオペレーター。旧家のお嬢様だが、ジャーマンメタルの熱狂的なファンである一面を持つ。惣太を密かに慕っているが、その事を言い出せない自分を情けなく思っている。プレイヤーの選択によってその命運が激変するヒロイン。
モーラ
ヴァンパイアハンター。外見は10歳程度の幼女。東欧の僻地が生国。自分の身の丈ほどもあるスレッジハンマーを武器として、強大なヴァンパイアを叩き伏せる能力の持ち主。リァノーンに血を吸われて瀕死だった惣太に輸血を施した。決め台詞は「灰は灰に、塵は塵に!」「あいつの行く手に茜と山査子の棘があるように」
その正体は、半人半吸血鬼のダンピィル。出自のせいで幼少時は酷い虐待を受けていた。いつまでも成長することのない自分の身体に強いコンプレックスを持つ。母を辱め自分を産ませた吸血鬼の父を、憎むべき敵として追っている。
リァノーン
齢2000歳、現存する最古のロードヴァンパイア。最も危険な吸血鬼として世界中のハンターの標的となっていたが、秘密結社「イノヴェルチ」に囚われ、人造吸血鬼「V・チューンド」を生み出すための実験材料とされている。100年に亘って昏睡状態に陥っていたが、ある夜突然目覚めて施設から脱走、惣太と遭遇しその血を吸った。現在は再びイノヴェルチの手に落ちている。惣太の夢の中に現れ、何かを訴えているようだが…
フリッツ・ハールマン
ヴァンパイアハンター。モーラの相棒で各種銃器、爆発物の扱いに長け、ハッカーとしての腕も一流。リァノーン探索のために、ヴェドゴニアとなった惣太を敵吸血鬼との直接戦闘に巻き込む。冷徹非情にして皮肉屋で、既に人間ではなくなりつつある惣太を決して信用しない。愛用の武器は「M4ウィッチハンタースペシャル(紫外線投光器と銀矢を放つボウガン付)」。
実はモーラの父親違いの兄。ダンピィルとして差別され虐げられる彼女を連れて故郷を出奔、ハンターとして過酷な戦いに身を投じた。モーラに寄せる気持ちに付け込まれ罠にかかるシナリオあり。
網野 鏡子(あみの きょうこ)
私立梅論学園高校1年。軽音楽部部員で、担当はベース。V・チューンドに襲われて吸血されるが、完全に吸血鬼化する前に「親」が死んだため、人間として生き残る。しかし、一度は吸血された影響を利用され、イノヴェルチの密偵となってしまう。
ギーラッハ
秘密結社「イノヴェルチ」で「ヴァンパイア三銃士」と呼ばれる有力吸血鬼の一人。吸血鬼年齢600歳。紅の甲胄を纏い、長大な剣・ビルドルヴフォークを操る偉丈夫。リァノーンにより吸血鬼となった忠実な騎士だが、彼女をイノヴェルチの手に委ねたのには複雑な理由が…。
ウォルフガング・フォン・ナハツェーラー
秘密結社「イノヴェルチ」で「ヴァンパイア三銃士」と呼ばれる有力吸血鬼の一人。吸血鬼年齢300歳。強力な精神感応能力、暗示催眠能力を持ち、「人形使い」とあだ名される。網野鏡子を操り、ヴェドゴニアの正体を探る。
ジグムント・ウピエル
秘密結社「イノヴェルチ」で「ヴァンパイア三銃士」と呼ばれる有力吸血鬼の一人。吸血鬼年齢30歳。元メタルロックバンド「TEPES」のリードギタリスト/ボーカリスト。殺戮に美学を求めるサディスト。ギターと一体化したステアーAUGの改造銃「SCREAMING-BANSHEE」を使う狙撃手でもある。残虐な楽しみのために惣太の周りの人間に手を伸ばす。尚デスモドゥスは元来彼の私物だった。
ストリクス
赤いボンデージファッションに身を包む女吸血鬼。ウピエルの忠実な下僕であり、その嗜虐の標的となっている。
あるシナリオにおける白柳弥沙子の末路。鏡子におびき出されたライブハウスでウピエルに襲われ吸血鬼となり、抑圧されていた欲望や憎悪を惣太や香織、家族にぶつける。なお、本編中では一度も「ストリクス」とは呼ばれていない。
諸井霧江
吸血鬼から不死の秘密を得ることを目的とする秘密結社「イノヴェルチ」所属の天才科学者。IQ250。リァノーンを研究することにより新規化合物を発見、その薬剤応用での莫大な収益によりイノヴェルチに貢献。人間と他の生物を融合合体させた「V・チューンド」の開発責任者。
V・チューンド(キメラヴァンプ)
リァノーンをオリジンとして得られた物質を用いて人工的に作成された吸血鬼。人間をベースにサメ、アリ、タコ、コウモリ、クモ、サソリ、ワシ、ヒル、カメ、サイ等の細胞を融合させた異様な形態を持つ。融合させた生物種により様々な能力を付与されている(超音波攻撃、飛行能力等)。人間形態と怪物形態がある。なお、V・チューンドのイメージイラスト担当として韮沢靖がクレジットされている。

2009年01月27日

戦闘機一覧

本稿は全ての戦闘機を網羅した物ではない。
複数国が運用した戦闘機については開発国の項に記載した。
戦闘攻撃機・戦闘爆撃機についても取り上げた。
愛称が存在する物については横に併記した。

第一次世界大戦期の戦闘機

ドイツ帝国
フォッカー EIII
フォッカー Dr.I
フォッカー D II
フォッカー D VI
フォッカー D.VII
フォッカー D.VIII
ファルツ E
ファルツ D XII
アルバトロス D
ジーメンス・シュッケルト D III/IV
ハルバーシュタット D
ハンザ・ブランデンブルク KDW
ユンカース D.I
ローランド D II
ルンプラー 6B1
ルンプラー 8D1

オーストリア・ハンガリー帝国
アビアテック D.I
フェーニクス D.II

イギリス
デハビランド D.H.2
ソッピース トリプレーン
ソッピース キャメル(空軍)
RAF S.E.5
ブリストル F.2 ファイター

フランス
ニューポール 11 / 16 / 17 / 21 / 23 / 24
モラーヌ・ソルニエ L / N
SPAD VII / XII / XIII

ロシア帝国
シコールスキイ S.XVI

戦間期の戦闘機

日本
海軍
一〇式艦上戦闘機
A1N 三式艦上戦闘機
A2N 九〇式艦上戦闘機
A3N 九〇式練習戦闘機
A4N 九五式艦上戦闘機
A5M 九六式艦上戦闘機
試作機
A3M/N 七試艦上戦闘機
八試複座戦闘機
九試単座戦闘機
陸軍
九一式戦闘機
九二式戦闘機
キ5
キ8
キ11
キ12
キ10 九五式戦闘機
キ18
キ27 九七式戦闘機
キ28
キ33
キ45

ドイツ共和国
アラド Ar 65
ハインケル He 51
アラド Ar 68
アラド Ar 80
メッサーシュミット Bf 109
ハインケル He 112
フォッケウルフ Fw 159

イギリス
空軍 (RAF)

ブリストル ブルドッグ
グロスター ゴーントレット
グロスター グラディエーター
ホーカー デモン
ホーカー フューリー
ホーカー ウッドコック
マーチンベイカー M.B.2
海軍 (FAA)

ホーカー ニムロッド
ホーカー アスプリー
グロスター シーグラディエーター

アメリカ
陸軍
カーチス P-1 ホーク
カーチス P-6 ホーク
ボーイング P-12
ボーイング P-26 ピーシューター
セバスキー P-35
カーチス P-36 ホーク
カーチス・ライト CW-21 デモン
ベル XFM-1/YFM-1 エアラクーダ
海軍
カーチス F7C シーホーク
ボーイング F2B
ボーイング F4B
ボーイング XF6B(試作のみ)
グラマン F3F

ソビエト
ポリカールポフ I-1
グリゴローヴィチ I-2
ポリカールポフ I-3
ツポレフ I-4
ポリカールポフ I-5
ポリカールポフ I-Z
ポリカールポフ I-15チャーイカ
ポリカールポフ I-152(I-15bisとも)
ポリカールポフ I-153 チャーイカ
ポリカールポフ I-16

フランス
コードロン CR.714 (航空機)
ドボアチン D.373
ドボアチン D.501
ドボアチン D.510
ブロッシュ MB.150/151/152
モラーヌ・ソルニエ MS.225
モラーヌ・ソルニエ MS.405/406/410
ニューポール 29
ニューポール・ドラージュ NiD.62
ポテ(ポテーズ) 630/631

イタリア
フィアット CR.20
フィアット CR.32
フィアット G.50 フレッチア
マッキ MC.200サエッタ

オランダ
フォッカー D.XVII
フォッカー D.XXI
フォッカー G.1
コールホーフェン F.K.58
フォッカー D.XXIII

ポーランド
PZL P.7
PZL P.11

チェコスロバキア
アエロ A.18
シュコダ D.1
レトフ S.20
レトフ S.231
アヴィア BH-3
アヴィア BH-33
アヴィア B.21(BH-21)
アヴィア B.534
アヴィア B.35

ユーゴスラビア
イカルス IK-2

第二次世界大戦期の戦闘機

日本
海軍
A6M 零式艦上戦闘機
A6M2-N 二式水上戦闘機
J1N 夜間戦闘機「月光」
J2M 局地戦闘機「雷電」
N1K 水上戦闘機「強風」
N1K1-J 局地戦闘機「紫電」
N1K2-J 局地戦闘機「紫電改」
試作機
A7M 十七試艦上戦闘機「烈風」
J3K 十七試陸上戦闘機(計画中止、陣風の原設計)
J4M 十七試局地戦闘機「閃電」
J5N 十八試局地戦闘機「天雷」
J6K 十八試甲戦闘機「陣風」
J7W 十八試局地戦闘機「震電」
S1A 十八試丙夜間戦闘機「電光」
P1Y2-S 夜間戦闘機「極光」(仮称:銀河二六型)
P1Y1-S 夜間戦闘機「白光」(仮称:銀河二一型、銀河(夜戦型)の中島飛行機発注製作分を白光と称した)
その他試作計画を伝えられる海軍戦闘機。試作機名称は判明しているが詳細は不詳の機体(出典:荻原四郎編・『日本軍用機三面図集"海軍機編"』㈱鳳文書林、1962年刊205頁)
局地戦闘機:迅電、飛電、栄電、彩電
甲戦闘機:陸風、春風、旋風、寒風
夜間戦闘機:紫光、緑光、翔光、閃光、旭光、陣月、弦月
陸軍
キ43 一式戦闘機「隼」
キ44 二式単座戦闘機「鍾馗」
キ45改 二式複座戦闘機「屠龍」
キ60 試作戦闘機
キ61 三式戦闘機「飛燕」
キ64 試作高速戦闘機
キ83 試作遠距離戦闘機
キ84 四式戦闘機「疾風」
キ87 試作高高度戦闘機
キ88 試作局地戦闘機
キ94 試作高高度戦闘機
キ96 試作双発戦闘機
キ98 試作高高度戦闘機
キ100 五式戦闘機
キ102 試作戦闘機/襲撃機(五式複座戦闘機)
キ108 試作高高度戦闘機
キ108改 試作高高度戦闘機
キ109 試作特殊防空戦闘機
キ201 試作戦闘爆撃機「火龍」
陸海軍共同
試作機
キ200/J8M 十九試局地戦闘機「秋水」

ナチス・ドイツ
メッサーシュミット Bf 109
メッサーシュミット Bf 110
メッサーシュミット Me 163 コメート
メッサーシュミット Me 210/410 ホルニッセ
メッサーシュミット Me 310
メッサーシュミット Me 262 シュヴァルベ
メッサーシュミット Me 263
フォッケウルフ Fw 187
フォッケウルフ Fw 190 ヴュルガー
フォッケウルフ Ta 152
フォッケウルフ Ta 154
フォッケウルフ Ta 183
ブローム・ウント・フォス BV 40
ブローム・ウント・フォス BV 155
ドルニエ Do 17Z カウツ
ドルニエ Do 215B カウツ
ドルニエ Do 217(J・N型)
ドルニエ Do 335 プファイル
ハインケルHe 100
ハインケル He 162 ザラマンダー
ハインケル He 219 ウーフー
ハインケル He 280
ユンカース Ju 88(C・R・G型)
メッサーシュミット Me 209
メッサーシュミット Me 309
アラド Ar 197
アラド Ar 240
ホルテン Ho 229
バッヘム Ba 349
アールグ モントリ 健やか バリン 九重 スクレイピ ゲゼルシ マスター スキップ プール パッセ ジュエリー 螢火 スマイリー スイカズラ うごう ジャズマ クロッカス ほうてき あまつき ナチュラル シリコン シフト トート フコイ クリアム いたやなぎ テタニー シリンジ ゼロベ チェック ワット ハリス ザッテル レート ブッダガ プラザ ちょう ハーモ せみね チャット オカルテ タンパー ヒューストン ナルシ ドリアン トップ ストーリ イズド ジェンヌ

イタリア
フィアット CR.42 ファルコ
フィアット G.55/56 チェンタウロ
マッキ MC.200 サエッタ
マッキ MC.202 フォルゴーレ
マッキ MC.205 ベルトロ
レジアーネ Re.2000 ファルコ
レジアーネ Re.2001 アリエテ I
レジアーネ Re.2002 アリエテ II
レジアーネ Re.2005 サジッタリオ
アンブロシーニSAI.207
メリディオナリRo.57
ブレダ Ba.27

フィンランド
VL ミルスキ
VL ピョレミルスキ

ルーマニア
IAR-80
IAR-81

アメリカ
陸軍航空隊(後に陸軍航空軍)
ロッキード P-38 ライトニング
ベル P-39 エアラコブラ
カーチス P-40 ウォーホーク/トマホーク
リパブリック P-43 ランサー
リパブリック P-47 サンダーボルト
ロッキード XP-49
グラマン XP-50
ノースアメリカン P-51 マスタング
ヴァルティーXP-54スウースグース
カーチス XP-55アセンダー
ノースロップXP-56ブラックバレット
タッカー XP-57 - 計画のみ
ベル P-59 エアラコメット
カーチス XP-60
ノースロップ P-61 ブラックウィドウ
カーチス XP-62
ベル P-63 キングコブラ
ノースアメリカン P-64
ヴァルティーP-66 バンガード
マクダネル XP-67バット
リパブリック XP-69
ダグラス P-70
カーチス XP-71
フィッシャー P-75イーグル
ベル XP-77
海軍
ベル FL エアラボニータ - 試作のみ
ブリュースター F2A バッファロー
ヴォート F4U コルセア
グラマン F4F ワイルドキャット
グラマン F6F ヘルキャット
グラマン F7F タイガーキャット
グラマン F8F ベアキャット
ボーイング F8B - 試作のみ
カーチス F14C - 試作のみ
グッドイヤー F2G - 試作のみ
グラマン XF5F スカイロケット - 試作のみ
ヴォート XF5U - 試作のみ
カーチス XF15C - 試作のみ

イギリス
空軍 (RAF)

ウェストランド ホワールウィンド
ウェストランド ウェルキン
ブリストル ブレニム
ブリストル ボーファイター
ボールトンポール デファイアント
スーパーマリン スピットファイア
ホーカー ハリケーン
ホーカー タイフーン
ホーカー テンペスト
ホーカー ホットスパー
ホーカー トーネード
ビッカース 432
デハビランド モスキート
グロスター ミーティア
海軍 (FAA)

スーパーマリン シーファイア
ホーカー シーハリケーン
ブラックバーン ロック
ブラックバーン ファイアブランド
フェアリー フルマー
フェアリー ファイアフライ

ソビエト
ミコヤン・グレビッチ MiG-1
ミコヤン・グレビッチ MiG-3
ヤコヴレフ Yak-1
ヤコヴレフ Yak-3
ヤコヴレフ Yak-7
ヤコヴレフ Yak-9
ラーヴォチュキン・ゴルブノーフ・グトコーフ LaGG-1
ラーヴォチュキン・ゴルブノーフ・グトコーフ LaGG-3
ラーヴォチュキン La-5
ラーヴォチュキン La-7
ペトリャコーフ/ミャスィーシチェフ Pe-3
ポリカールポフ I-17
ポリカールポフ I-180
ポリカールポフ I-185
ポリカールポフ I-190

ラトビア
VEF(イルビティス) I-16
VEF(イルビティス) I-19

フランス
ドボアチン D.520
アルセナル VG.33/39
ブロシュMB.151/152/155/157
コードロン CR.714

チェコスロヴァキア
アヴィア B.135

ユーゴスラビア
イカルス / ロゴジャルスキ IK-3

オーストラリア
コモンウェルス CA-12 ブーメラン

スウェーデン
サーブ 21
FFVS J22

冷戦初期(大戦終結~朝鮮戦争)の戦闘機

アメリカ
空軍
ノースロップ XP-79(試作のみ)
ロッキード F-80(P-80) シューティングスター
コンベア XP-81(試作のみ)
ノースアメリカン F-82(P-82) ツインムスタング
ベル XP-83(試作のみ)
リパブリック F-84 サンダージェット/サンダーストリーク
マクドネル XF-85 ゴブリン(試作のみ)
ノースアメリカン F-86 セイバー
カーチス XF-87(試作のみ)
マクドネル XF-88(試作のみ)
ノースロップ F-89 スコーピオン
ロッキード XF-90(試作のみ)
リパブリック XF-91 サンダーセプター(試作のみ)
コンベア XF-92(試作のみ)
ノースアメリカン YF-93(試作のみ)
ロッキード F-94 スターファイア
海軍
ライアン FR ファイアボール
マクドネル FH ファントム
ノースアメリカン FJ(F-1) フューリー
マクドネル F2H(F-2) バンシー
コンヴェア FY ポゴ(試作のみ)
コンヴェア F2Y(F-7) シーダート(試作のみ)
ダグラス F3D(F-10) スカイナイト
マクドネル F3H(F-3) デーモン
ダグラス F4D(F-6) スカイレイ
ダグラス F5D スカイランサー (試作のみ)
チャンスヴォート F6U パイレート
チャンスヴォート F7U カットラス
グラマン F9F(F-9) パンサー/クーガー
グラマンXF10F ジャガー (試作のみ)

イギリス
空軍 (RAF)

スーパーマリン スパイトフル
スーパーマリン スイフト
デハビランド ホーネット
デハビランド バンパイア
デハビランド ベノム
ホーカー ハンター
グロスター ジャベリン
サンダース・ロー SR.A/1
海軍 (FAA)

ホーカー シーフューリー
スーパーマリン シーファング
スーパーマリン アタッカー
デハビランド シーホーネット
デハビランド シーバンパイア
デハビランド シーベノム
ホーカー シーホーク

カナダ
アブロ・カナダ CF-100 カナック

フランス
ダッソー MD450 ウーラガン
ダッソー MD452 ミステール
シュド・ウェスト SO4050 ボートゥール
シュド・エスト SE5000 バルデュール
シュド・ウェスト SO9000/9050トリダン

イタリア
フィアット G.59

ソビエト
ラヴォチキン La-9 “フリッツ”
ラヴォチキン La-11
ラヴォチキン La-15
ミコヤン・グレビッチ MiG-9 “ファーゴ”
ミコヤン・グレビッチ MiG-15 “ファゴット”
ヤコヴレフ Yak-9P “フランク”
ヤコヴレフ Yak-15 “フェザー”
ヤコヴレフ Yak-17 “フェザー”
ヤコヴレフ Yak-23 “フローラ”

ユーゴスラビア
S-49

スウェーデン
サーブ 29 トゥンナン

アルゼンチン
カルチーン
プルキー I
プルキー II

冷戦前期(ベトナム戦争以前)の戦闘機

アメリカ
空軍
ノースアメリカン F-100 スーパーセイバー
マクドネル F-101 ヴードゥー
コンヴェア F-102 デルタダガー
リパブリック XF-103 サンダーウォーリア -計画のみ
ロッキード F-104 スターファイター
リパブリック F-105 サンダーチーフ
コンヴェア F-106 デルタダート
ノースアメリカン YF-107 (試作のみ)
ノースアメリカン XF-108 レイピア -計画のみ
F-109 -計画のみ 
マクドネル F-110 スペクター
ジェネラルダイナミックス F-111 アードヴァーク
ロッキード YF-12
海軍
ダグラス F6D ミサイリアー -計画のみ
マクドネル F-4 ファントムII
チャンスヴォート F-8(F8U) クルセイダー
グラマン F11F(F-11) タイガー
輸出用
ノースロップ F-5 フリーダムファイター/タイガーII

イギリス
サンダース・ロー SR53
フォーランド ナット ※イギリス本国では練習機として使用
デハビランド シービクセン
イングリッシュエレクトリック ライトニング
ホーカー・シドレー ハリアー

カナダ
アブロ・カナダ CF-105 アロー(試作のみ)

フランス
ダッソー シュペルミステール
ダッソー ミラージュIII
ダッソー ミラージュ5/50

イタリア
フィアット(アエリタリア) G.91

イスラエル
ネシェル

ソビエト
ミコヤン・グレビッチ MiG-17 “フレスコ”
ミコヤン・グレビッチ MiG-19 “ファーマー”
ミコヤン・グレビッチ MiG-21 “フィッシュベッド”
スホーイ Su-9 “フィッシュポット”
スホーイ Su-11 “フィッシュポット”
ヤコヴレフ Yak-25 “フラッシュライト”
ヤコヴレフ Yak-28 “ファイアーバー”
ツポレフ Tu-128

ユーゴスラビア
J-1 ヤーストレブ

中華人民共和国
瀋陽 殲撃5 “フレスコ”
瀋陽 殲撃6 “ファーマー”
成都 殲撃7 “フィッシュベッド”
南昌 殲撃12

スウェーデン
サーブ 32 ランセン
サーブ 35 ドラケン

インド
HAL マルート
HAL アジート

冷戦後半(ベトナム戦争以後)の戦闘機

アメリカ
空軍
マクダネル・ダグラス F-15 イーグル
ゼネラル・ダイナミクス F-16 ファイティングファルコン
マクダネル・ダグラス YF-17(試作のみ)
ノースロップ F-20 タイガーシャーク(輸出用、試作のみ)
海軍
グラマン F-14 トムキャット
マクダネル・ダグラス F/A-18 ホーネット
海兵隊
マクダネル・ダグラス ハリアー II

イギリス
パナビア トーネード ADV

フランス
ダッソー ミラージュF1
ダッソー ミラージュ2000

日本
三菱 F-1

イスラエル
ネシェル
クフィル

台湾(米国と共同開発)
F-CK-1 経国(チンクオ)

南アフリカ(イスラエルと共同開発)
チーター

チリ(イスラエルと共同開発)
パンテーラ
エルカン

アルゼンチン(イスラエルと共同開発)
ダガー/フィンガー
マラー

スウェーデン
サーブ 37 ビゲン

ソビエト
ミコヤン・グレビッチ MiG-23 ”フロッガー”
ミコヤン・グレビッチ MiG-25 ”フォックスバット”
ミコヤン・グレビッチ MiG-29 ラーストチュカ ”ファルクラム”
ミコヤン・グレビッチ MiG-31 ”フォックスハウンド”
スホーイ Su-15 ”フラゴン”
スホーイ Su-17/20/22 ”フィッター”
スホーイ Su-24 ”フェンサー”
スホーイ Su-27 ジュラーヴリク ”フランカー”
ヤコヴレフ Yak-38 ”フォージャー”
ヤコヴレフ Yak-141 ”フリースタイル”

ルーマニア
IAR-93 オラオ(ユーゴスラヴィアと共同開発)
IAR-99 ショイム

ユーゴスラビア
J-22(ルーマニアと共同開発)

中華人民共和国
瀋陽 殲撃8 ”フィンバック”
瀋陽 殲撃8II ”フィンバック”
成都 殲撃9
瀋陽 殲撃13
西安 殲轟7 ”フラウンダー”

冷戦終結から21世紀の戦闘機

アメリカ
ボーイング F-15E ストライクイーグル
ゼネラル・ダイナミクス F-16XL(試作のみ)
ボーイング F/A-18E/F スーパーホーネット
ロッキード・マーティンF-22 ラプター
ノースロップ YF-23 ブラック・ウィドウ II(試作のみ)
ボーイング X-32(試作のみ)
ロッキード・マーティン F-35 ライトニングII(JSF)
ロッキード・マーティンFB-22 ストライクラプター (開発中)

ロシア
ミコヤン・グレビッチ MiG-33 ”ファルクラム E”(ファルクラム)
ミグ MiG-35 ”ファルクラム F”(スーパーファルクラム)
ミグ 1.44 MFI ”フラットパック”
スホーイ Su-30 ”フランカー C”
スホーイ Su-33 ”フランカー D”(シーフランカー)
スホーイ Su-35 ”フランカー E”
スホーイ Su-37 テルミナートル ”フランカー F”(スーパーフランカー、ターミネーター)
スホーイ Su-47 ビェールクト ”ファーキン”
スホーイ PAK FA (T-50) (開発中)

日本(米国と共同開発)
三菱 F-2

フランス
ダッソー ラファール

ヨーロッパ共同開発
ユーロファイター タイフーン

スウェーデン
サーブ 39 グリペン

中華人民共和国
成都 FC-1(JF-17) 超七梟龍
成都 殲撃10
瀋陽 殲撃11
瀋陽 J-XX

インド
ADA テジャス

イラン
HESA サエゲ
HESA アザラフシュ

2009年01月19日

フリードリヒ2世として即位

1740年5月31日フリードリヒ・ヴィルヘルム1世は崩御し、フリードリヒはフリードリヒ2世として即位した。即位後ただちにフリードリヒ2世は啓蒙主義的な改革を活発に始め、拷問の廃止、貧民への種籾貸与、宗教寛容令、オペラ劇場の建設、検閲の廃止などが実行された。フランス語とドイツ語の2種類の新聞が発刊され、先王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世のもとで廃止同然になっていたアカデミーも復興し、オイラーをはじめ著名な学者たちをベルリンに集めたため、ベルリンには自由な空気が満ち「北方のアテネ」と称されるようになった。

自由を実現する一方、フリードリヒ2世は父から受け継いだ8万の常備軍を、周囲の予想に反してさらに増員し(ただし、父の作った巨人連隊は廃止された)、戦争に備えていた。

1740年12月16日、神聖ローマ皇帝カール6世の喪に乗じてハプスブルク家領シュレージエンに侵攻し、オーストリア継承戦争を開始。先帝カール6世の遺した国事勅令を反故にしての進軍だった。これ以降、ハプスブルク家新当主マリア・テレジアとフリードリヒ2世は生涯の宿敵となる。フリードリヒ2世率いるプロイセン軍は予測のつかない微妙な外交バランスの中を戦い抜き、1745年12月24日のドレスデンの和議で、マリア・テレジアがオーストリア大公位を始めとするハプスブルク家領と君主位を相続することを認めるのと引き換えに、シュレージエン領有権と100万ターラーの賠償金を得た。

戦後の日々、フリードリヒ2世はプロイセンの復興に全力を尽くした。細かい点まで自分で確かめなくては気の済まない王のチェックに官僚たちは恐々としたが、産業の振興、移民の受け入れなどによってプロイセンは再び力を付けていった。しかし激務のためフリードリヒ2世の体は蝕まれ、リウマチ、歯、胃痛、痔、発熱、痛風などで絶えず痛みと戦わなければならなかった。そんな王の心を慰めたのが、1745年に完成したクノーベルス男爵の手になるサンスーシ宮殿だった。王自らも設計にたずさわったこの宮殿は、ロココの粋を尽くした瀟洒なものだったが、部屋数わずか10あまりの平屋建ての小さな建築である。ここで王は政務のかたわら、ヴォルテールなどごく少数の気の置けない友人たちと音楽や社交を楽しみ、くつろいだ時間を過ごした。

平和な日々は長くは続かず、1755年後半、オーストリアの「女帝」マリア・テレジアはロシア女帝エリザヴェータ・フランス王ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人と組んでシュレージエンの奪回を企てていた。1756年8月29日、フリードリヒ2世は先制防衛策をとることに決め、ザクセンに侵攻して七年戦争が始まる。

墺仏露の3国に加えてスウェーデン、ザクセン他ドイツの諸侯も加えると敵国の人口は8,000万にもなり、人口400万のプロイセンにとって絶望的かと思われる戦いだった。フリードリヒ2世は、序盤のロスバッハやロイテンにおいて巧みな戦術で自軍より倍以上の敵軍を破ったものの、孤立同然のプロイセンの兵力は消耗し続け、1757年6月18日にコリーンの戦いで大敗したあとは守勢に転じ、1759年8月12日のクーネルスドルフの戦いではフリードリヒ2世自ら敵弾にさらされて上着を打ち抜かれ、乗馬は2頭まで撃ち倒されて敗走している。このときの大臣宛の手紙には「これを書いている間にも味方はどんどん逃げている。私はもうプロイセン軍の主人ではない。全ては失われた。祖国の没落を見ずに私は死んでいくだろう。永久に。アデュー」と書かれている。フリードリヒ2世はその後残存兵力をまとめ、どうにか態勢を立て直すが苦しい戦いは続き、1760年10月にはとうとうオーストリア軽騎兵がベルリンに迫っている。

イギリスの軍資金援助も打ち切られ、フリードリヒ2世は自殺を覚悟したが、1762年1月5日、ロシアのエリザヴェータ女帝が急死、後継者ピョートル3世はフリードリヒの崇拝者であったため、奇跡的にロシアとの講和が成立した。さらに西ポンメルンで苦戦を強いられていたスウェーデンも、フリードリヒ2世の妹であるスウェーデン王妃ロビーサ・ウルリカの仲裁により、同年5月に講和する。疲れ果てていた列強はこれを機に兵を収め、孤立したオーストリアに勝利を収めたフリードリヒ2世はついに1763年2月10日、フベルトゥスブルクで和議を結び、プロイセンのシュレージエン領有は確定する。フリードリヒ2世はこれ以降大きな戦争を起こすことはなかったが、1772年の第1回ポーランド分割で西プロイセンを獲得して領土をさらに広げ、1778年から1779年まで続いたバイエルン継承戦争ではオーストリアと再び交戦してその強大化を阻止した。また外交面では特にオーストリアの復興を強く警戒し、ザクセンやバイロイトなどと君侯同盟を結成して対抗した。フランスやロシアとの関係改善に努めて、再び七年戦争の孤立に陥らないよう細心の注意をもって臨んだ。

平和を手に入れた後のフリードリヒ2世は再びサンスーシに戻り、忙中に小閑を楽しむ穏やかな生活にかえった。王の余生は忙しい政務の中で時間を作っては文通やフルート演奏・著述を楽しむ日々で、このころ『七年戦争史』(もとは『我が時代の歴史』とも)を著している。しかし晩年のフリードリヒ2世は次第に孤独で人間嫌いになり、人を遠ざけるようになっていった。姉のヴィルヘルミーネ王女やダルジャンス侯爵など、親しい人々はすでに世を去り、愛犬のポツダム・グレイハウンドたちだけが心の慰めだった。もともと優れない健康もさらに悪化し、心臓の発作や水腫、呼吸困難に悩まされ、1日の大部分を肘掛け椅子で過ごした。「もう牧草地に放り出してもらうより他あるまい」と自嘲しつつ、最後の願いとして愛犬たちのそばに埋めてほしいと頼んだという。

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フリードリヒ2世は1786年8月17日、サンスーシ宮殿で老衰により死去した。遺体は遺言に相違してポツダム衛戌教会に葬られた。その後第二次世界大戦中に遺体は各地を転々とさせられるなどの運命をたどったが、ドイツ統一後の1991年、彼の墓がサンスーシ宮殿の庭先の芝生に移され、現在は犬たちと共に眠っている。